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仙台高等裁判所 昭和38年(ネ)195号 判決 1967年7月19日

一八二号事件控訴人 一九五号事件被控訴人(債務者) ソニー株式会社

一八二号事件被控訴人 一九五号事件控訴人(債権者) 斉藤規夫

主文

債権者の本件控訴を棄却する。

原判決主文第一項を取消す。

債権者の右申請を却下する。

原判決主文第三項を取消す。

訴訟費用は第一、二審とも債権者の負担とする。

事実

(当事者の申立)

一、債務者代理人は、原判決中債務者勝訴の部分を除きその余を取消す。債権者の申請を却下する。訴訟費用は第一、二審とも債権者の負担とする。旨の判決、債権者の控訴につき控訴棄却の判決を求め、債権者代理人は、原判決中債権者敗訴の部分を取消す。債権者が債務者に対し雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める。債務者は債権者に対し金二〇九、三〇〇円及び昭和三八年五月から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り金一六、一〇〇円を仮に支払え。訴訟費用は第一、二審とも債務者の負担とする。旨の判決、債務者の控訴につき控訴棄却の判決を求めた。

二、当事者双方の事実上の陳述及び立証関係は左記事項を附加するほかは原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

第一  債務者の主張

一、債務者(以下会社ともいう。)が伊藤利子及び後藤陽子を本採用しなかつた理由として左記事項を附加する。

(イ) 伊藤は入社後手先が予期したほど器用でなく、作業上の習熟も遅く、上司から作業上の注意を与えられても反応が鈍く作業意欲も乏しかつた。後藤は陰日向があり、作業中の態度に落着きがなく、上司の眼をかすめて行われる職場の談笑の中心となつており、上司である中村哲也の注意を受け入れることなく逆にこれを茶化す如き態度をとり六月一日から従事していたICO測定作業においても甚だしく注意力を欠き、その作業は正確でなかつた。かつ職場や寮において、そのような事実は全くないのに、上司よりハンドバツクを貰つたとか、上司とデートする約束があるとか、エンジニアより本を貰つたが、それはエンジニアが自分に対し好意を持つているからだなどと言いふらし、かつ寮生活においても他の寮生との折合が悪く、同室の二階堂賀及び伊藤をいじめ、そのため伊藤は上司中村哲也に職場も寮も後藤と一緒にいるのは堪えられない旨訴えていた。そして、債務者厚木工場(以下厚木工場という。)の関係者は伊藤、後藤の両名を本工に採用するのは不適当ではないかと考えていた。

かような事情のもとでたまたま昭和三七年六月四日伊藤は腹痛を起して医師の診察を受けついで入院して加療を受けたのであるが、その診療にあたつた医師の判断によりその病状から精神科医の診断をうけることになり、後藤は前述のような職場及び寮における言動が原因となり医師の指示によつて精神科医の診断を受けることとなつたものである。

そして右診断の結果と職場や寮における伊藤及び後藤の平素の言行及び作業に対する適性能力が本工として採用し寮において集団生活をさせることを躊躇せざるをえないものであつたことなどを併せ考えて、両名は会社従業員として不適格であると判断したものであり、債務者の判断ならびにその後右両名に対して執つた措置は適切、正当なものというべきである。

(ロ) 債務者の就業規則第四五条によれば、試傭期間は三ケ月であり、従業員の採用に当つては常に従業員試傭書を交付しており、同試傭書には見易い箇所に「所定の試傭期間終了までに従業員として不適当と認められた者は採用しないことがある。」と明記されており、伊藤及び後藤に対しても勿論右試傭書は交付されている。且つ債務者が厚木公共職業安定所を通じて提出した求人票にも採用後九〇日間は試傭工である旨が明示されており、伊藤、後藤の両名は職業安定所の担当官からその旨の説明を受け、なお同人らは会社に採用決定後、仙台市所在の日の出会館における父兄同席の場所で、会社職員からその説明を受けたのみでなく、入社後厚木工場において一週間行われた実習期間内において試傭工の性格について説明を受け、試傭期間中、本工と異なるバツジをつけていたのであるから、伊藤及び後藤は、同人らが試傭工として採用されたものであり試傭期間中に会社の従業員として不適当と認められるときは本採用されないものであることを十分に知つていたものといわねばならない。試傭工がこのように試傭期間中に会社の従業員として適当でないと認められたときは本採用にならないという性格のものであり、伊藤及び後藤がかかる試傭工として採用されたものである限り、会社が前記のような同人らの職場及び寮における平素の言動、生活態度、注意力、作業能力及び武田医師の診断の結果等を総合勘案して同人らを本採用にしなかつた措置は適切、正当な措置というべきである。

二、債務者が債権者を懲戒解雇した理由につき左記事項を附加する。

(イ) 昭和三七年七月六、七日頃宮城県石巻、塩釜、古川、築館、迫の各職業安定所の関係者は、女子従業員の募集選考のため、これら職業安定所に赴いた債務者会社職員一条志朗に対し「会社は争議中と聞いているがどうか」「厚木工場では医者とぐるになつて新規採用者を精神病者にデツチあげ、組合意識の強い者を本採用にしないというのではないか、このような噂が出ている間は応募者は少ない。」という趣旨のことを詰問し、一条志朗は会社が争議中でないこと及び厚木工場が組合意識の強い新規採用者を医師とぐるになつて精神病者扱いにし、本採用としないというような事実は全くないことにつき一時間前後或いはそれ以上もの長時間を費して釈明した後初めて応募者の選考を許されたのみでなく、債務者会社が同月九日より一八日の間に実施した仙台はじめ前記各職業安定所等における女子従業員の募集は、同年五月会社が社運をかけて製造販売に踏切つたマイクロテレビの心臓部に当るトランジスターの製造を担当する厚木工場の増強のためであり、採用予定人員は六〇名で従来の例に徴するときは、かかる場合少くとも一〇〇名ないし一二〇名の応募者があるのであるが、実際の応募者は僅かに四三名にとどまり、そのため採用した人員は採用予定人員を下廻る一六名に過ぎなかつた。

(ロ) 職業安定法第一六条、第二〇条、第四八条、第五四条によると、公共職業安定所は同法第一六条但書に該当する場合には求人申込を受理しないことができるのみでなく、求人者に対しその求人数、労働条件その他求人の条件につき指導することができ、労働争議に介入しないという趣旨から、同盟罷業または作業場閉鎖の行われている場合、もしくは労働委員会から特別の通告があつた場合には求職者の紹介をすることができない建前となつており、更に労働者を雇傭する者から労働者の雇入、または離職の状況、賃金、その他の労働条件等の職業安定に関し必要な報告を求める権限を有し、かつ労働者の雇入方法の改善、その他の指導をすることができることが明らかである。公共職業安定所が求人申込者や労働者を雇傭する者に対し、このような関係にある限り会社が現に求人申込をしその採用試験が数日後に迫つているのみでなく、将来もくり返し求人申込をしなければならない立場にある職業安定所及びその関係者に対し会社の従業員である債権者が前述のような虚偽の事実を申告または流布するときは、その事実調査のため採用試験が遷延され、もしくは求人申込を受理されないか、求職者の紹介が中止されるというような事態が起りうるのみでなく、このようなことを伝え聞いた者は債務者会社に就職を希望しなくなり、会社の求人業務が妨害されるか少くとも妨害されるおそれのあることはいうまでもない。またかかる行為は中学校卒業女子従業員の採用が困難で他の競争会社と激しい作業員獲得競争をしていた事情の下では利敵行為にも比せられるものである。更に会社が厚木工場の組合意識の強い未成年の女子試傭工を医師とぐるになつて精神鑑定を含む健康診断を行い、本採用にしないというようなことは債務者会社にとつて極めて不名誉なことで会社従業員である債権者がこのようなことを安定所の関係者に申告または流布することは、会社の信用及び名誉を傷つけ、甚しく、その体面を汚すものであることはいうをまたない。債権者が安定所の関係者に対し前記のようなことを申告または流布するときは少くとも会社の求人業務が妨害され、または妨害される惧れがあること、会社の信用、名誉が毀損され、または毀損される惧れのあることを認識していたものであるから、債権者がこのような認識の下に安定所の関係者に対し前記のようなことを申告しまたは流布したものである限り、同人はこれによつて会社の求人業務が妨害され、または妨害されようとしたこと、及びその信用、名誉が毀損され、または毀損される惧れのあつたことにつき債務者に対し責任を負うべきである。

(ハ) 昭和三七年七月四日ソニー労働組合本部から同組合仙台支部に対し債権者が安定所の関係者に申告しまたは流布した前記の「厚木工場の新規採用者に対して医師とぐるになつて精神鑑定を含む健康診断を行い、組合意識の強い者は本採用にしない」とか「会社と組合間に争議が生じている」などという事実を安定所や同関係者に申告しまたは流布すべきことを指令した事実はないことは明らかである。従つて債権者が前記のようなことを述べ、または流布したことは組合本部の指令に基ずく組合活動としてしたものではない。仮に債権者がかかる行為に出たのは、組合本部の指令に基ずくものであり、債権者個人の意図に出たものでないとするも、同人が仙台職業安定所の浦山係長その他に述べまたは流布した前記事実は虚偽であり、債権者においてその虚偽であることを知つており、または虚偽であることを知りえたに拘らず、敢て前記のような行為に出たものであるから、同人の行為は正当適法な組合活動ということはできない。また債権者が浦山係長らに述べまたは流布したような事実が真実存在し、債権者が前記のような行為に出たのは組合本部の指令に基ずく執行行為としてしたものであるとするも、少くとも会社と組合とが争議状態になく平和状態にあつたに拘らず、組合が組合仙台支部に指令して債権者をしてかかる行為をさせることは甚しく組合活動の域を逸脱し、かかる組合活動は正当適法とはいえない。このような行動が違法不当な組合活動である限り、このような行動をした者は個人として責任を負わなければならない。従つてこの点からも債権者は、かかる行為を実行した者としてその責任を免れることはできない。

(ニ) 債権者は、同人の懲戒解雇に先立ちなされた査問委員会において弁明の機会を与えられたに拘らず、組合本部の指令に基ずき前記のような行為をしたと答えたのみで、かかる行為に出たことの正当性や、右行為に出たことにつき斟酌さるべき事情等については何らの発言もしなかつた。査問委員会においてかかる態度に出ながら、本件仮処分により、本件のごとき救済を求めることは、甚しく労使関係における信義則に違反し許されないところである。

第二  債権者の後記「第三、債権者の主張」と題する個所においてなされた債権者の主張に対して債務者は次のとおり陳述する。

一、債権者は同人に対する解雇が無効である以上、当事者間に雇傭契約関係が継続しており、債務者とソニー労働組合との間に平均四ケ月の年末一時金協定が成立したからには、債権者に対しても平均四ケ月の年末一時金を支払うべきであると主張する。しかし本件のような仮処分事件においては、本案判決の確定をまつては申請人において生活の途を失い、回復しえない重大な損害を蒙る範囲においてのみ賃金請求が認容されるものというべきである。労働者の通常の生活は、主として同人が毎日、または毎月支給される日給または月給等の賃金によつて保証されているものであるから、継続的賃金と異なる臨時支給金、一時金等についての必要性は厳格に制限されるべきである。けだし民事訴訟法第七六〇条にいわゆる「著るしき損害を避け若くは急迫なる強暴を防ぐため」など真に緊急且つ必要にして応急的救済がえられなければ債権者の生活に重大な支障を来すべき状態にあることを必要とするものであり、必要性の有無の判定は、ひとり債権者側の損害のみを基準とせず、当事者双方の利益の権衡を基準として判定すべきであるからである。

従つて仮に債権者に対する本件解雇が無効であり、賃金支払の仮処分を認むべきであるとしても、その賃金は前記のような継続的賃金に限らるべきであり、債権者の主張する年末一時金についてまで本案確定前にその支払を認めなければならぬ必要性はない。

二、債権者は賃金支払の仮処分のほかに「従業員たる地位」保全の仮処分の必要性があるとし、その具体的理由として健康保険の被保険者たる地位及び対社会的諸関係に種々の影響があると主張している。しかし従業員たる地位は結局、賃金請求権に集約されるものであり、健康保険の被保険者たる地位、厚生福祉施設の利用関係等は賃金請求権に比しては全く附随的なものに過ぎず、賃金請求権に関する断行的仮処分をなした外に「雇傭契約上の権利を有することを仮に定める」との任意の履行に期待する仮処分を重ねて認める実質的な根拠も必要性もないものといわなければならない。

三、債権者は賃金請求権の保全につき口頭弁論終結時までに履行期の到来した分についても仮処分命令を発すべきものと主張するが、これまた前述した必要性の有無の判定基準に鑑み理由がない。まして債務者において審理を長びかせたというが如き事実の存しない本件においてそのような主張をすることは不当である。

債権者代理人において

第一、厚木工場における伊藤及び後藤の本採用拒否問題について。

一、右両名に対する本採用拒否の理由は精神病である。

(イ) 債務者は右両名に対する本工不採用の理由として挙げていることはこじつけに過ぎない。

(ロ) 債務者はSCT(文章完成法)の結果に対して誤解を有している。

会社の課長、部長クラスの人々がSCTという検査が単に人間の性格または気質に関する検査であることを全く理解せず、荒尾雅也においては精神病である分裂病と同質のごとくに誤解していたことが明白である。要するに債務者は労務政策的見地から性格テストの結果を曲解し、またはこれを利用して精神病に結びつけようとしていたことが明白で、右テストの結果は本採用拒否の理由たりえないものである。

(ハ) 後藤については債務者主張のような作業上のミス、寮生活または職場における言行等はなく、特に顕著な規律違反行動はないのであるから、これらが本採用拒否の理由になりえないことは当然である。

(ニ) 伊藤及び後藤は当時精神病でなかつたことは、松沢病院における綿密な診断の結果、後藤についてはその後の訴訟活動及びソニー労組本部の臨時書記の業務に従事中何の異常も示していないことからも明らかである。

二、債権者及びソニー労働組合が右伊藤及び後藤に対する措置を人権侵害及び不当労働行為と考えたことは相当である。

(イ) 右両名については精神鑑定を受けさせねばならない特段の理由はない。しかも本人や親に相談もなく、生理中であるかどうかも確めずに、半強制的に精神科医の診断を受けさせたのは不当である。

(ロ) 債務者は右両名の両親にあてて武田医師の診断を更に曲解または変更して、「ヒステリー症の抑うつ病」という病気であると書いた手紙を発信している。右は間違いとか誤解とかによる過失として看過しうる範囲を超えた虚偽の通告であり、そこには債務者の両名に対する悪意または作為が感ぜられる。

(ハ) 債務者は組合の提出した蜂谷医師の診断書のあることを知りながら、更に検討を加えることなく両名の本採用拒否を強行したのは、特に何らかの意図のない限り考えられないことである。

第二、債権者の行動について。

一、同人の行動は本部指令に基づく組合活動である。

(イ) 厚木工場における伊藤、後藤両名の問題発生の際ソニー労働組合は、右は人権問題であるから法務局の人権擁護課に提訴すること、会社の右両名に対する本採用拒否は組合の弱体化を狙つた不当労働行為なりとして民主団体労働組合に訴えることに決定した。そしてソニー労働組合副委員長木村信は同組合仙台支部に対し直接電話で伊藤、後藤の両名に対する会社側の医師の診断が誤まりであることを報告し、同支部の行動として、(一)本採用が拒否された伊藤の親戚が仙台公共職業安定所に勤務しているのでその人に組合の執つている対策を告げ、同人を通じて家族に安心してもらうよう伝えること。(二)右安定所の求人業務を行つている係に実情報告をし、かかる問題について調査活動ができるかどうか、できるとしたらどういう手続をしたら一番よいかなどを聞いてくること、(三)全労働者労働組合仙台支部の幹部にも会つて実情を訴え、闘いについて理解してもらうこと、更に右組合だけでなく他の労働組合にも広く訴えることを指令した。そして右指令が本部の指令として仙台支部に伝達されているのであり、此の伝達された内容が重要かつ決定的なことである。即ち伝達された指令が仮に本部執行委員会の討議内容と多少のくいちがいがあり、または伝達者たる木村副委員長の主観的判断が加わつた内容に変つていても、それは組合本部の内部の問題であり、支部は勿論債務者の容喙すべきことではない。

(ロ) 債権者の行動はソニー組合本部の指令に基づき、しかもその指令の範囲内で行われたものであるから、債権者が右指令に基づき同指令の範囲内で行つた行動(本件における職業安定所の関係人に対して同人が申述べまたは、流布したことなどの行為)について、債権者個人として責任を負うべき筋合ではなく、従つて、また右行動に対する債権者の個人的動機とか主観的意図などは、これを検討する必要がない。しかのみならず、前示債権者の行動には債務者の主張するような債務者の業務妨害、債務者の体面を汚すような外形的事実が全くなく、債権者にはかかる行為をなす故意も過失もなかつたのである。

二、昭和三七年七月一四日全労働省労働組合宮城支部職安分会長佐藤雅夫が電話で、仙台公共職業安定所浦山係長に対し「採用試験の選考前に会社の者に会いたい、また、当日応募した者を選考員に渡さず、一時一ケ所に集めてほしい」旨の申入をした事実はない。仮に佐藤分会長が個人の判断でかような申入を行つたとしてもそれは債権者が依頼したものではない。

第三、債権者の主張

一、債権者に対する解雇が無効である以上、当事者間には雇傭契約関係が依然として継続することになり、債権者は就労しておればえたであろう、すべての権利を有することは論をまたない。昭和三七年の年末一時金についても、債務者とソニー労働組合との間には平均して賃金の四ケ月分が支払われることの協定が成立している。そして協定書、議事確認書(甲第二二号証ノ一、二)によれば、出勤率及び債務者の査定により支給額が確定されることになつている。ところで債権者は債務者の責に帰すべき事由により就労できなかつたわけであるから、出勤率を計算したり、査定額を確定することは不可能である。もしも右の事情から額を確定できないという理由で債権者において年末一時金を請求する権利がないということになれば、債務者はその責に帰すべき事由により債権者の就労を拒否しておきながら、同人の損害において年末一時金の支払を免れるという不当な結果をもたらすことになる。従つて債権者としては少くとも配分方法には関係なく平均四ケ月の年末一時金を請求する権利を有するものとみるべきである。

二、解雇が無効とされる以上雇傭契約は存続し、仮の地位を定める必要性は当然存在する。つまり仮の地位が前提となつて賃金請求権その他の請求権も発生してくるわけである。

仮の地位を定める必要性として健康保険の被保険者たる地位の保全のほかにも従業員たる身分のあることが対社会的諸関係において種々の影響を及ぼすことは極めて常識的なことである。また健康保険の被保険者たる地位の点についても、国民健康保険に加入するためには莫大な保険料を支払わねばならず、賃金請求権の保全額とも密接な関係を持つている。さらに後述の今日の労働仮処分の審理の実態を勘案して右必要性を考慮する必要がある。従つて、雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める必要性は極めて緊急なものというべきである。

三、賃金請求権につき口頭弁論終結までに履行期の到来した分について必要性がないという考え方は誤りである。特に借金により生活を支えている場合に右のような考え方が貫かれれば、被解雇者の負担において使用者側が利益をうることになる。

特に今日の地位保全の仮処分事件の審理が長期間を要し、いわば本案化している実態に照らして考えても、すでに履行期の到来した賃金請求権保全の必要性がないということは不当に債務者に利益を与えるだけである。即ち債務者としては審理を長びかせればそれだけ利益を受けることになる。このような審理を長びかせることによつて生ずる不利益を労働者に帰せしめるような考え方は誤りである。従つて本件においては債権者の請求どおりの仮処分命令をうる必要性は明白に具備しているものというべきである。

(立証関係省略)

理由

一、債務者は、もと東京通信工業株式会社と称したが、昭和三三年一月その商号をソニー株式会社と変更し、東京都品川区、仙台市及び厚木市に工場を置き、トランジスターラジオ等の電気機械の製造販売を業とする会社であること、債権者は昭和三〇年四月一日東京通信工業株式会社に雇傭され、仙台工場に勤務し、引続き会社の従業員であつて、会社従業員を以て組織するソニー労働組合の組合員であり、昭和三六年一一月以降同組合仙台支部執行委員長の地位にあること、債務者は、昭和三七年七月二五日、債権者を、同人が同年同月四日仙台市荒町所在の仙台公共職業安定所を訪れ、故意に事実を枉げて債務者を誹謗し、同月九日から一六日にかけて宮城県下で行われた厚木工場従業員募集を妨害するような行為をしたとし、右行為は会社の就業規則第五五条第一九号、第二一号に該当するとして、右規則第五七条により懲戒解雇処分に付し、同時に会社仙台工場構内への立入を禁止したことはいずれも当事者間に争がない。

二、よつて次に右解雇処分の当否について判断する。

(1)  右解雇処分の発端をなした厚木工場試傭工伊藤利子、同後藤陽子の本工不採用について。

伊藤利子、後藤陽子の両名が昭和三七年四月一八日債務者会社に雇傭され厚木工場に勤務していたこと、同人らが同工場診療所に呼出をうけ、精神科医武田専の診察をうけその結果伊藤はヒステリーもうろう状態、後藤はヒステリーとの診断がなされたこと、同年六月二六日同工場佐藤総務課長が右両名に対し仕事に不適任であると告げたこと、両名が東京都立松沢病院で蜂谷英彦医師の診察をうけたことは当事者間に争がない。

成立に争のない乙第四号証の一、二、甲第七、第三八号証、原審証人木村信の証言(第一回)により成立を認めうる甲第五、第六、第九号証、原審証人後藤陽子の証言によつて成立を認めうる甲第一〇号証、原審証人原田哲夫の証言により成立を認めうる乙第二、第三、第五、第六、第五四、第五六号証、原審証人高崎晃昇の証言により成立を認めうる乙第六三号証、原審における証人後藤陽子、同一条志朗、原田哲夫の各証言、原審及び当審における証人高崎晃昇の証言によれば、伊藤利子は同年六月四日外出中に腹痛を起し、翌日も治らず、寮母のすすめで厚木工場嘱託医である西村好雄の診察をうけたが、内科的な原因が見当らないため、病状観察の必要から入院することになつたが、同日廻盲部痛を訴えベツトの上を転び廻るので、鎮痛剤を注射したところ、翌朝まで眠り続けたこと、翌六日は殆ど食事を採らず、意味のない笑を見せ診察を拒んだこと、同月七日漸く快方に向い食事もとるようになり、無意味な笑も少くなり、八日殆ど正常と思われる状態になり退院を許されたこと、一方後藤陽子は同月一日からトランジスタの測定いわゆる「ICO」測定という工程に配置替されたが、同月一八日頭痛のため前記西村医師の診察をうけたこと、その外には両名とも特に健康上の障害は見当らなかつたのであるが、西村医師は伊藤については前記の症状から内科的原因が発見できなかつたので精神科医の診察が必要であると判断し、厚木工場診療所の小林医師及び寄宿舎管理の掌にあつた荒尾雅也に説明し精神科医の診察をうけることにしたこと、後藤については採用試験の際なされた文章完成法テストの結果が六月になり判明し、分裂気質があることが発見され、また寮生活においても融和を欠く行動があつたため、荒尾雅也において西村医師と相談の上精神科医の診察をうけることにしたこと、そして同月一九日前記武田医師の来診を求め、他の女子従業員三名と共に診察をうけさせたこと、同日伊藤、後藤の両名は診療所において三〇分間の問診をうけたこと、同月二六日厚木工場佐藤総務課長から、伊藤は「病気は精神科の医者もわからない。今の状態で会社にいても段々悪くなるし、この会社はあなたに向かないから、他の仕事についた方がよいのではないか」といわれ、後藤は「会社の仕事に不向きであるから、本採用は見合せることにした、他の小さな会社で働いた方がいいんじやないか」などいわれ、それぞれ退職を勧告されたこと、同月二七日伊藤は右佐藤総務課長の言に疑を抱き、西村好雄医師に対して診断書を要求したところ、「ヒステリーもうろう状態、右疾患により六月五日より六月八日まで入院休業安静加療を要した」旨記載された診断書を渡されたこと、一方後藤は荒尾雅也から呼出をうけたので、ソニー労働組合本部書記長木村信と厚木支部執行委員長長田弘志を同道し、荒尾に退職勧告理由の説明を求めたところ「一種のヒステリーで集団生活に向かないし、この工場にも不適当だから退職してもらう」という説明をうけたこと、伊藤、後藤の両名は他の専門医師の精密な診察をうけるため、同月三〇日松沢病院に赴き、蜂谷医師の診察をうけたこと、その際問診のほか脳波描記、ロールシヤツハテストをうけ、時間も両名合せて三時間に及び、結局同年七月二日両名とも「とくに精神障害を認めず、現在集団生活を不可能にするような精神異常は認められない」旨記載した診断書をうけとつたことがそれぞれ認められる。

そして以上認定の事実によれば、武田医師と蜂谷医師との診断とは結論が異なることは明らかであるが、原審証人海子邦男の証言(第二回)により成立を認めうる乙第六六、第六七号証、成立に争のない甲第一一号証を彼此勘案検討するに、右両医師のなした診断のうちどの診断が正しいかというようなことは軽々に断定しえないところである。原審における証人木村信の証言(第一、三回)及び右証言により成立を認める甲第三四号証中右認定に反する部分はたやすく措信できない。

(2)  債権者は債務者の行つた伊藤、後藤両名に対する精神科医の診察は、債務者が精神科医と通謀して故意に精神病者にあらざる者を精神病者と診断する目的に出たものであると主張するので、右主張について判断するに会社において前記両名に精神科医の診察をうけさせたのは前認定のような経緯に基づくものであり、それぞれ精神科医の診察をうけるべき相当な事情が当時存在していたことが首肯されるのであつて、退職勧告その他不利益処分をなす意図の下に不必要な診察を行つたものとは即断しえないし、さらに債務者が診察に当つた医師と相謀り、事実に反し精神異常の存するよう診察させたような事実は首肯しうべくもない。従つて此の点に関する債権者の主張は採用できない。なお前記両名が武田医師らから診察を受けた当時、右両名は生理日に当りそのために前述のような診断がなされた旨の主張(生理日に該当したか否かは別として)は、これを首肯しうべき証拠はなく、採用できない。

次に債権者は会社において医師によつて診断を異にするような程度の者を本工に採用しないことは不当であるというが、会社において本工不採用の通知をしたのは前認定の如く蜂谷医師の診断の結果を覚知する以前のことであるから、右主張もまた採用できない。

(3)  伊藤、後藤両名の本工不採用につきソニー労働組合本部から同仙台支部に対する電話連絡について。

成立に争のない乙第七号証、前示甲第五、同第六号証、原審における債権者本人尋問の結果により成立を認めうる甲第二〇号証、証人木村信の証言(第三回)により成立を認めうる甲第三五号証の二、原審における証人後藤陽子、同木村信(第一回)、同神位裕の各証言、債権者本人の供述によれば、同労働組合厚木支部委員より同年六月二六日報告をうけた同組合本部は、翌二七日木村信が伊藤、後藤両名より事情を聞き、組合本部の役員会、執行委員会で検討した結果、右両名を解雇しようとしている会社の措置は人権侵害であると判断し、労働基準監督署、職業安定所等に右事実を申告するとともに、法務局人権擁護課に救済の申立をなすこと、他の労働組合に実情を訴えることを決定したこと、同年七月四日組合本部は前記木村信を通じ電話により同組合仙台支部に対して、「厚木工場で試傭期間中の二名の女子従業員が精神異常を理由に本採用にしないとして退職勧告を受けているが、両名は他の専門医に診察を受けた結果精神異常はないということである。そこで両名の親戚の者が勤務している仙台公共職業安定所に赴きこれらの者に右事実を告げ、さらに右事実を同安定所の職員に告げて採用の際の条件について調査すること、右は人権問題であるから広く他の労働組合にも訴えること」という趣旨の連絡をし、右電話をうけた仙台支部書記長神位裕が債権者及び他の執行委員一名を加えて話合つた結果、同日債権者が仙台公共職業安定所に赴くことになつたことが認められる。

なお右電話連絡の内容について、原審における証人木村信(第一回)の証言によれば、右木村信はソニー労働組合仙台支部の前記神位裕に対し、伊藤、後藤の両名が解雇されようとしている事実を仙台公共職業安定所に赴き、問題の調査ができるか否かを問合せること、右解雇は人権問題であるから広く労働組合及び民主団体及び仙台地方の地域の人々に訴える活動をしてほしいと連絡した旨証言し、また原審及び当審における証人神位裕の証言によれば、右神位は伊藤、後藤両名が人権侵害を受けていること、両名の親族の者が前記安定所に勤めているからそこへ行つて事情を伝えること、同安定所が厚木工場に紹介した従業員が右のような処遇をうけているので事情を調査するよう伝えてくれということ、全労働者労働組合の組合員に対し支援を頼んでくれという内容であつたというのである。そしてその他には組合本部から仙台支部に特段の指示、連絡等がなされた事実は認められない。

(4)  債権者の仙台公共職業安定所における言動について。

前示乙第七号証成立に争のない乙第八号証、原審における証人中目英男、同中山真吉、同佐藤雅夫、同永沢次男(何れも一部)同一条志朗の各証言ならびに原審及び当審における証人海子邦男(原審は第一、二回)同高崎晃昇の各証言、右高崎証人の証言により成立を認めうる乙第五一号証の一、二、原審証人海子邦男の証言(第一回)により成立を認めうる乙第四六号証、原審における証人高崎晃昇の証言により成立を認めうる乙第四五号証、乙第六四号証、原審及び当審における債権者本人の供述(但し後記措信しない部分を除く)前示甲第二〇号証を総合すると、債権者は昭和三七年七月四日前記伊藤、後藤両名の本工不採用問題に関して仙台公共職業安定所を訪れ、中目英男事務官に面会の上、同人に伴われ紹介係長浦山重幸と訪問の要件につき面談し、その際債権者は右浦山重幸に対し同年六月三〇日付ソニー労働組合発行の組合ニユースを示し、厚木工場の新規採用者に対し医者とグルになつて精神鑑定を含んだ健康診断を行い、組合意識の強い者は本採用にしない。仙台公共職業安定所の紹介で就労中の伊藤、後藤の両名はこれがためノイローゼにかかり現在加療中である。また今回の争議中のことで会社の方から何か通知がなかつたかと話したこと、その後浦山重幸は厚木工場係長一条志朗に対し厚木工場で争議が起きているそうだが如何、債務者会社のニユースから見ると大分激烈な労働争議が行われているようだが如何と尋ねていること、一条志朗は宮城県職業安定課に赴き債務者に争議が発生しているか否か等を問合せていること、そして争議中でないことを確めて債務者の、求人運動を行つたものであるが、宮城県下の各職業安定所において、会社は争議中であると聞いているがどうか、厚木工場では医者とぐるになつて新規採用者を精神病者にでつち上げ、組合意識の強い者を本採用にしないというではないかなど質問を受けていること、ソニー労働組合仙台支部においては、同年七月一〇日付発行の組合ニユースで伊藤、後藤両名の家庭には七月七日債権者が行き会社の態度、組合の様子を説明してきている、また職業安定所にも会社の実態を話し、就職を進めないようにもしている旨宣伝活動を行つた事実が認められるのであり、以上各認定事実によれば、債権者は前記日時仙台公共職業安定所において会社が争議中であること、会社が精神病者でない者を医者とぐるになつて精神病者と診断させて本工に採用しないことを申告流布し、同会社に就職を進めないような言動をしたことが認められる。右認定に反する原審及び当審における債権者本人の供述、甲第二〇号証は措信しがたい。

(5)  ところで当時債務者において争議行為が発生していたか更にソニー労働組合において同仙台支部に対し右会社が行う求人業務を妨害するような指示を行つたかどうかについて判断する。

まず右電話連絡のなされた当時債務者に争議行為が発生していたか否かについて按ずるに、原審証人一条志朗の証明によれば、その頃債務者においては労働関係調整法第七条にいう労働争議が発生していなかつたことは明らかであり、従つて公共職業安定所としては職業安定法第二〇条により求職者の紹介をしてはならないような事情は存しなかつたことも明らかである。

次に当審における証人宮武和也の証言、前示乙第六四号証、当審における検証の結果によれば、前記電話連絡事項中に、公共職業安定所に対して債務者に対する就職を進めないように申告または流布するような指示はなかつたことが明らかである。当審証人重枝忠典の証言は右認定を左右するに足りないし、その余の証拠によるも右心証を左右しえない。

次に債権者の仙台公共職業安定所における言動がソニー労働組合の指示を遂行するに必要かつ相当な範囲内の行動と認められるかというに、これまた消極に認めざるをえない。即ち前認定の電話連絡事項中には債権者の右安定所においてなしたような言動をしなければその目的を達しえないような事項はないと認めるほかはない。従つて此の点に関する債権者の主張は採用できない。

(6)  ところで職業安定法第二〇条によれば、公共職業安定所は同盟罷業又は作業場閉鎖の行われている事業所に求職者を紹介してはならないのであるから、会社が争議中であるというようなことを申告されると、その事実の有無を問合せるとか調査するのは当然で、そのため既に実施を目前にしたような紹介事業は著しい支障を来すことは避けられない。そして後記認定のような求人募集の日程と債権者の言動とを彼此考え合せると、会社の求人業務は相当の妨害を受けるのが当然であり、原審証人一条志朗の証言によるも事実、会社は求人業務につき相当な支障を受けたことが認められる。また会社が精神科医と結託して未成年の試傭工を精神異常者であると虚偽の診断をして本工不採用処分にしたというようなことを流布することは、会社の体面を傷つけると同時に、会社の行う求人業務の妨害にもなることはいうまでもない。

もつとも、債権者は債務者の求人業務の妨害、体面汚損等につき故意、過失がなかつた旨主張し、当審において証人神位裕及び債権者本人は右主張にそう供述をしているけれども、右供述は乙第八号証、同第五一号証ノ一、二、原審及び当審における証人海子邦男の証言(原審は第一、二回)原審証人一条志朗の証言等に照らし措信できない。なお当審証人伊藤三郎の証言中には、乙第八号証中に「また職安にも会社の実態を話し、就職を進めないようにしている」との記事は、伊藤三郎が独断で書いたもので、債権者の関知しないところであるとの供述があるが、前記乙第五一号証の一、二、海子邦男、一条志朗らの各証言と対比して措信できない。加之、乙第八号証の作成日付は昭和三七年七月一〇日であるところ、原審証人一条志朗の証言によれば、宮城県下における会社の求人業務は同月九日より一八日頃まで行われる予定であり、且つその頃実施されていることが認められ、右認定事実からも債権者が仙台公共職業安定所においてなした言動は債務者の求人業務を妨害する認識のあつたことが推測される。従つて債権者は債務者の求人業務を故意に妨害したものというべきである。

次に債権者は前述のごとく債務者において精神科医と結託して故意に精神異常の存しない者を異常者と診断し本工不採用処分に付したとか会社が争議中であるとか申述べるにあたり、そのような言動によつて会社の求人業務が妨害され、またその信用、名誉が毀損されまたは毀損されるおそれがあることについて故意過失がなかつた旨、主張するけれども、会社が未成年の女子試傭工を医師と結託して虚偽の診断を行い本工不採用処分にしたというようなことを申告または流布することは、会社にとつて当然に不名誉なことであり、求人業務に支障を来すのは勿論その体面を汚す行為というべきである。仮に債権者が会社において医師と結託して虚偽の診断をしたと信じたとしても、前認定のごとくそのような事実は存しないのであるからかような事実を申告流布したことは重大な過失によるものといわなければならない。なお債権者が仙台公共職業安定所を訪れた頃は会社は争議中でなかつたことも前認定のとおりであるから、債権者が会社が争議中であるかのごとく申告流布したことは事実に反するし、仮に債権者において争議中であると信じて右のような発言をしたとしても、それは同人が事の真相の調査を怠つた過失によるものというべく、その責任を免れえないものと考える。

(7)  ところで成立に争いのない乙第一号証の一、二によれば、債務者の就業規則第五五条に従業員が次の各号の一に該当するときは懲罰委員会に諮問の上処罰することとし、その第一九号に会社の体面を汚した者、第二一号に正当な理由または手続なく著しく会社の業務に支障を与えた者、第二三号にその他前各号に準ずる程度の不都合な行為のあつた者と規定されており、また同規則第五七条に処罰はその程度に応じて(1)譴責、(2)減給、(3)出勤停止、(4)懲戒解雇の四種とすると規定されていることが認められる。

ところで債務者が精神科医とぐるになつて虚偽の診断を行いこれによつて伊藤、後藤の両名を本工として採用しないことにした旨流布または申述べたことは、会社の体面を汚した行為に該当するものといわなければならないし、争議中でないのに争議中であると申述べまたは流布することはこれによつて会社の業務に支障を与えることになるものと考えられ、更に債権者が債務者に就職を進めないような言動に出たことは著しく会社の業務に支障を与えることであり、それら債権者の行為が何れも正当な理由、または手続によつたものでないことは前認定のとおりである。従つて債務者が債権者の本件行為が同会社就業規則第五五条第一九号、第二一号に該当するとし、また就業規則違反の程度が重大なものであるとして懲戒解雇処分にしたことは相当であると認めうる。

三、解雇権乱用の主張について。

債権者は同人の前記言動が仮に懲戒事由に該当するとしても、これに対し最も重い解雇処分に付したのは解雇権の乱用であるというが、しかし債務者が精神科医と通謀して故意に精神異常者と診断させた旨公共職業安定所の関係官に申告、流布し更にかかる言動を会社が実施しようとしている求人業務の直前に行い就職を進めないようにすることは、会社の経営特に会社の業務の運営に多大の打撃を与えることは当然で、会社に対する利敵行為ともいいうるものであると考える。従つて債務者が債権者を解雇処分にしたことは相当であり、債務者のなした解雇処分は解雇権の乱用であるという主張は採用できない。

四、不当労働行為の主張について。

次に債権者は債務者のなした本件解雇処分は不当労働行為に該ると主張し、右主張事実を推認せしめる事実として数々の事例を挙げているが、前認定のとおり債権者に対する懲戒の理由はさきに認定した同人の仙台公共職業安定所における前示言動に対するものであり、右言動はそれ自体で優に債務者の就業規則に定めている懲戒事由を充足するものであるから、これに対して不当労働行為の問題を考慮する必要は考えられない。

しかのみならず債権者が本件懲戒処分は不当労働行為にあたるものと主張し、該主張を裏づけるものとして種々の事例を挙げているけれども、前示甲第一一号証、成立に争のない甲第一二ないし第一七号証、同第二四ないし第三三号証、当審証人重枝忠典の証言及び前示甲第三五号証の一、右証言により成立を認めうる同号証の二、成立に争のない同第三九ないし第四二号証、原審における債権者本人の供述により成立を認めうる同第一九号証、前示同第二〇号証、原審並びに当審における証人神位裕、原審における証人伊藤勝朗、同後藤陽子の各証言、原審及び当審における証人木村信(原審では第一ないし第三回)の証言及び債権者本人の供述等によるも、たやすく債権者主張の不当労働行為の存する事実を肯認しがたい。なお右主張につき分説すれば、債務者がソニー労働組合との間に昭和三三年一〇月三日締結した労働協約につき昭和三五年九月二二日協約改訂の申入を行い、団体交渉を重ねたが、両者間においてユニオンシヨツプ、チエツクオフ条項に関し意見の一致を見るに至らず、ために債務者は右協約の有効期限である昭和三六年一月二九日を以てこれを失効させたことは当事者間に争がないところであるが、原審証人宮武和也の証言及び同証言により成立を認めうる乙第五二号証によれば、債務者において改訂を要すると認めた協約を期間満了により失効させたことは相当なことであつて、これを目して反組合的とか組合切崩とかいうのは当らない。甲第四三号証のような印刷物の配布は右認定を覆すに足らず、その余の全疎明によつても前記心証を左右しえない、また佐田、浜田の両課長がそれぞれ暴力を振つた事実は当事者間に争がないが、前示甲第一五号証によつて明らかなように、既に昭和三七年二月二四日付東京都労委の救済命令の発布があり、且つ右事件と本件解雇との間に何らかの関連性があるとは認められない。

債務者が昭和三六年五月八日より一〇日までの間会社創立一五周年を記念し種々の記念行事を行つたこと、組合においてこれに反対してストライキを行つたことは当事者間に争がなく、会社が右祝典に参加した者に餅代として五〇〇円を支給し、更に徹宵残留して準備に当つた者に残業手当に見合うものとして一、〇〇〇円を支給したことは債務者の認めるところである。そして右認定事実及び原審証人宮武和也の証言を総合すれば、会社のなした金銭支給の行為は時宜に適する妥当な措置であり不利益処分というのは当らないものと考える。また右宮武証言によれば川上允、小美野耿尋、大石烈正らに対する措置も差別待遇に当るものと認めがたい。更に原審証人原田哲夫の証言、同証言により成立を認めうる乙第五三号証によれば、昭和三七年三月の春季賃上げ要求に際し行われた厚木工場工場長小林茂の従業員に対する談話内容は、ひつきよう同人の個人的見解を披瀝したものに止まり、組合員中の一部の者の思想と相容れない部分があるからといつて、直ちに不当労働行為とはいえないし、成立に争いのない乙第一四号証ノ一ないし二〇によつて窺知しうる当時の組合員の行動に対し管理者として警告を発すことも止むをえないものがあつたと認められる。また前示乙五二号証、前記宮武証人の証言、同証人の証言により成立を認めうる乙第一五号証、成立に争いのない同第一六号証によれば、債務者とソニー労働組合との賃上げ交渉は同年六月七日妥結したものであり、同労組の組合員に対しては六月分賃金において五月分より遡及精算して支給していることが認められるから、賃金支給問題について新旧労組間に差別待遇があつたという主張も認容できない。さらに係長以上の職制の者のうち若干名が従業員数名に対し前記闘争の際執つた行動をどう考えているかと尋ねたり、反省を求めたこと、また従業員本人の父兄に手紙を出したことのあることは当事者間に争いがないが、就業規則に違反し、または違反したと認められる虞のある行為について、管理者として反省を求め、または父兄に対し説得を要求することは不当とは認められないし、債権者がいうような組合活動分子の個別的切崩しと認むべき疎明はないので、此の主張も採用できない。

また関戸、高山勇、伊勢進一の配置問題については、これを違法と認むべき何らの証左はないし、却て原審証人原田哲夫の証言及び同証言により成立を認めうる乙第五五号証、前記宮武証言、乙第五二号証によれば、関戸、高山に対して規律違反行為につき反省を求める行為も亦、正当な管理行為を逸脱したものとは認められない。更に大橋捷治に対する解雇が不利益処分に当るという債権者の主張についてはこれを認めるに足る証左はないのみならず、成立に争いのない乙第二一、第二二号証、同第二四ないし第二七号証、原審証人海子邦男(第二回)の証言により成立を認めうる同第六一号証によれば、会社のなした解雇処分は相当であると認められる。

伊藤、後藤両名に対する本工不採用問題については成立に争いのない乙第六〇号証の一、二により明かなとおり、伊藤利子において解雇無効確認の訴の取下及び右に関連してなされた仮処分申請を取下げており、後藤陽子については訴係属中であることが認められるので、これによつても債権者所論の不当労働行為の事実はこれをたやすく認めがたい。

五、債権者の組合活動とそれに対する債務者の攻撃という主張について。

原審及び当審における債権者本人の供述、右供述により成立を認めうる甲第一九号証によれば、債権者の活動歴及びソニー労働組合仙台支部の活動状況が債権者主張のようなものであつたことが認められる。しかし昭和三四年一二月の年末一時金闘争において、債権者が仙台支部組合員数名の者に時間外労働を拒否するよう指示した行為につき債務者のなした行為を非難するが、右非難が当らないことは成立に争いのない乙第三一号証、同第三三、同第三四号証、原審証人海子邦男の証言(第一回)によつて成立を認める乙第三二、同第三五、同第三六、同第五〇号証によつても明らかである。

また鉄窓烈火の宣伝ビラに対する債務者会社勤労部発行の資料2と題する書面、昭和三六年の夏期一時金闘争後なされた債務者会社々長井深大及び盛田副社長の談話の中には共産党に対する批判がなされている部分があるけれども、前記資料(2)(乙第三八号証)及び右談話(乙第四〇ないし第四二号証)を精読すれば、これらはいずれも政治活動と労働運動とを区別すべきことを主張し、その前提の下に労働運動の範囲を逸脱した政治的闘争を戒しめた趣旨であることが看取されるのであつて、以上の資料とか談話が組合そのものに対する中傷とか悪宣伝とかいうのは当をえない。また同年三月春期賃上げ要求に際し、会社のなした処置を云為するが原審証人海子邦男(第一回)の証言により成立を認めうる乙第四四号証によれば会社のなした措置に所論のような違法不当な廉はないことが明らかであるし、更に債権者に対する受持機械の変更をしたことは当事者間に争いがないが、しかし原審証人高崎晃昇の証言によれば右行為が会社の管理権を逸脱していないことは明らかである。そして以上各認定に反する原審証人神位裕、同伊藤勝朗の各証言、原審及び当審における債権者本人の供述はこれを措信しがたく、その余の立証によるも右心証を左右できない。従つて本件解雇処分は正当というべく債権者主張の被保全権利の存在はこれを認めえないので本件仮処分申請はその余の争点について判断するまでもなく失当としてこれを却下すべきであり、債権者の申請を一部認容した原判決は不相当であるから該認容部分は取消しの上右申請を却下すべく、従つてまた債権者の本件控訴は理由がなく棄却を免れない。

よつて原審及び当審における訴訟費用について民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥羽久五郎 松本晃平 藤井俊彦)

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